「あなたの波動は、今とても高まっています。次のステージへ進む準備ができていますよ」
佐藤翔太は、そう言って微笑んだ。
目の前の女性は、うっすらと涙を浮かべながらうなずいた。彼女の名は中川美咲(28)。都内の中小企業で事務職として働く、ごく普通の女性だった。恋人に浮気され、職場でも孤立していた彼女は、翔太の「前世で夫婦だったかもしれませんね」という言葉にすがるようにセッションを申し込んだ。
目の前の女性は、うっすらと涙を浮かべながらうなずいた。彼女の名は中川美咲(28)。都内の中小企業で事務職として働く、ごく普通の女性だった。恋人に浮気され、職場でも孤立していた彼女は、翔太の「前世で夫婦だったかもしれませんね」という言葉にすがるようにセッションを申し込んだ。
翔太は、彼女のような“心に隙間のある人間”を見抜くのが得意だった。それは、かつての自分がそうだったからだ。愛されたい、認められたい、誰かに必要とされたい——その欲求を満たすために、翔太は“癒し手”を演じていた。
だが、彼の演技は次第に本物になっていった。演じ続けるうちに、自分が本当に“選ばれし者”なのではないかという錯覚に陥っていった。
翔太のXアカウントは、開設から1ヶ月でフォロワー3000人を突破した。プロフィールには「波動調整師/宇宙と繋がるヒーラー」と書き、投稿は自己啓発本の引用や、スピ系インフルエンサーの言葉を切り貼りしたものだった。
「あなたの魂は、今まさに覚醒の時を迎えています」
「カルマを浄化すれば、現実は変わる」
「波動の高い人とだけ、繋がってください」
こうした言葉に、いいねとリツイートがつき、DMで「セッション希望です」というメッセージが届くようになった。
翔太は実家の一室を「ヒーリングルーム」と称し、1回5000円の波動セッションを開始した。部屋には100均で買ったクリスタル、アロマ、LEDキャンドル。BGMはYouTubeで見つけた「528Hzの癒しの音楽」。雰囲気だけは整っていた。
ある日、翔太はスピ業界のカリスマ、霧島レイ(38)のセミナーに参加した。元アパレル店員から「宇宙意識チャネラー」としてブレイクした彼女は、現在月収500万円超。セミナー会場には、信者たちが涙を流しながら「レイ先生、ありがとうございます」と叫んでいた。
「波動は“お金”で測れるの。だって、宇宙は豊かさを嫌わないから」
その言葉は、翔太の倫理観を壊した。癒しとは、信じさせること。信じさせた者が、豊かさを得る——それがこの業界の真理だった。
セミナー後、翔太は田村圭吾(42)という男に声をかけられた。田村は業界の裏方で、セミナー運営、物販の仕入れ、広告運用などを請け負う“黒子”のような存在だった。
「波動水の原価は300円。1万円で売れ。信じる奴が勝手に買うんだ。お前は“気づき”を売ってるんだよ」
翔太は最初こそ戸惑ったが、次第にその論理に染まっていった。
LINE公式アカウントを開設し、毎朝「宇宙からのメッセージ」を配信。信者は「先生の言葉で救われました」と返信し、さらにセッションを申し込んだ。
翔太は「宇宙からの啓示」を受けたと称し、新たな商品を開発した。
• 前世診断(1回1万5000円):過去世の記憶を“リーディング”し、今世の課題を伝える。
• 波動水(1本1万円):ただのミネラルウォーターに「宇宙エネルギーを転写した」と説明。
• 龍神の加護カード(1枚2万円):中国製のタロット風カードに、手書きで「祝福」と書いたもの。
LINE公式アカウントを開設し、毎朝「宇宙からのメッセージ」を配信。信者は「先生の言葉で救われました」と返信し、さらにセッションを申し込んだ。
翔太の月商は150万円を超えた。だが、支出も増えていた。広告費、セミナー参加費、ブランド品、そして“波動の高い生活”を演出するための出費。
「これは自己投資。波動を高めるために必要なことだ」
そう自分に言い聞かせながら、翔太は借金を重ねていった。
玲子は、元キャビンアテンダント。若い頃は華やかな世界にいた。CA時代の写真は今でもリビングに飾られている。結婚後は専業主婦となり、世田谷の高級住宅街に住み、ママ友とのランチ会や、地域のボランティア活動に精を出していた。
佐藤玲子は、息子・翔太のスピリチュアル活動に対して、表向きは反対していた。
「あなた、そんな怪しいことして……」
そう言いながらも、彼女の声には怒りも悲しみもなかった。まるで、天気の話でもしているかのような、乾いた口調だった。
玲子は、元キャビンアテンダント。若い頃は華やかな世界にいた。CA時代の写真は今でもリビングに飾られている。結婚後は専業主婦となり、世田谷の高級住宅街に住み、ママ友とのランチ会や、地域のボランティア活動に精を出していた。
彼女にとって「母親であること」は、役割の一つに過ぎなかった。
翔太が幼い頃、熱を出しても、玲子は「病院に連れて行くのは当然のこと」として淡々と対応した。絵を描いて見せても、「もっと丁寧に描きなさい」と言うだけ。褒めることも、抱きしめることもなかった。
彼女の関心は、常に「外」に向いていた。近所の目、ママ友の評価、夫の出世。翔太がどんな気持ちでいるかよりも、「翔太がどう見られているか」のほうが重要だった。
翔太が大学を卒業し、不動産会社に就職したとき、玲子は満足げだった。
「うちの子、慶應出て大手に入ったのよ」
だが、翔太が過呼吸で倒れ、会社を辞めたとき、彼女は一言だけこう言った。
「せっかく慶應まで出たのに」
それ以上、何も聞こうとしなかった。翔太が何に苦しんでいたのか、何を感じていたのか——玲子は興味がなかった。
彼女にとって、翔太は「成功している息子」であることが重要だった。中身ではなく、肩書き。感情ではなく、実績。
翔太がスピリチュアル活動を始めたとき、玲子は眉をひそめた。
「そんな怪しいこと、やめたほうがいいわよ」
だが、数週間後、ママ友とのランチ会でこう言っていた。
「うちの子、ヒーラーやってるの。人の心を癒す仕事なのよ」
その言葉には、誇らしげな響きがあった。玲子は、翔太の活動が“人の役に立っている”という解釈を気に入った。それは、彼女自身が「母親としての役割を果たしている」と思えるからだった。
実際には、翔太が何をしているのか、どんな言葉を発しているのか、どんな人と関わっているのか——玲子は何も知らなかったし、知ろうともしなかった。
彼女にとって「人の役に立っている」という言葉は、免罪符だった。息子が社会的に“意味のある存在”であれば、それでいい。中身が空っぽでも、外側が整っていれば、それで十分。
翔太は思った。
翔太は、そんな母の言葉に複雑な感情を抱いていた。
「あなたが“人の役に立ってる”なら、それでいいのよ」
その言葉は、彼を安心させると同時に、深く傷つけた。母は、彼の苦しみを見ようとしない。彼の空虚さを埋めようとしない。ただ、「役に立っているかどうか」で彼を評価する。
翔太は思った。
「俺は、母親と同じことをしてるんじゃないか?」
条件付きの承認。成果でしか評価されない愛。それを、今度は自分が信者に与えている。
その問いを打ち消すように、翔太はXにこう投稿した。
「波動が整えば、すべてはうまくいく。信じる力が、現実を変える」
その投稿には、1000を超える“いいね”がついた。
翔太は思った。
「俺は、もう戻れない場所に来てしまったのかもしれない」
「俺は、もう戻れない場所に来てしまったのかもしれない」
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