佐藤翔太は、もう一度やり直そうとしていた。


山奥の民宿での生活は限界だった。電気は止まり、水道管は凍り、食料は廃棄品に頼るしかなかった。スマホの通信も途絶え、Xへの投稿は誰にも届かなくなっていた。
「このままじゃ、死ぬだけだ」
そう思った翔太は、民宿を後にし、長野市内の安アパートに移り住んだ。家賃は月2万円。風呂なし、共同トイレ。壁は薄く、隣室の咳が聞こえるほどだった。
彼は、求人誌をめくり、コンビニの深夜バイトに応募した。
履歴書には「前職:個人事業主(ヒーリング業)」と書いた。面接官は眉をひそめたが、「人手が足りないので」と採用された。


初日は、レジ打ちと品出し。翔太は黙々と働いた。客の目を見て「いらっしゃいませ」と言うのが、どこか恥ずかしかった。かつては「先生」と呼ばれていた自分が、今は缶コーヒーを並べている。
だが、問題はすぐに表面化した。
翔太は、客の顔を見ようとしなかった。声は小さく、無表情で、レジの操作もぎこちない。袋詰めの手元は震え、ミスが続いた。客から「感じが悪い」「無愛想すぎる」とクレームが入り、店長は様子を見に来た。
「佐藤さん、ちょっと……接客が、暗いっていうか……お客さんからクレームが来てて」
翔太は、何も言えなかった。自分では精一杯やっているつもりだった。だが、笑顔を作ることができなかった。声に温度を乗せることができなかった。人と目を合わせることが、怖かった。
「申し訳ないけど、今週いっぱいで終わりにしてください」
バイトは、わずか4日で打ち切られた。


帰り道、翔太はコンビニの袋をぶら下げながら、アパートの階段を上った。足元が重かった。部屋に戻ると、電気の明かりがやけに眩しく感じられた。
布団にくるまりながら、彼は天井を見つめた。
──母の声が、ふと脳裏に浮かんだ。
「あなた、もう少し普通の仕事に戻ったら?」
あのときの声も、やはり感情の温度がなかった。ただの提案。ただの“正しさ”の提示。
翔太は、母のことを嫌っていたわけではない。ただ、彼女の中に自分の居場所を見つけられなかった。幼い頃から、何かを成し遂げたときだけ、彼女は微笑んだ。それ以外のとき、彼女は静かだった。優しくも、冷たくもなかった。ただ、無風だった。
その沈黙の中で育った翔太は、誰かに「ありがとう」と言われるたび、心が震えた。信者の涙、感謝の言葉、依存のまなざし——それらは、かつて欲しかった何かの代用品だったのかもしれない。
けれど今、その“代用品”すら、彼の手からこぼれ落ちていた。



ある夜、翔太は夢を見た。
暗闇の中で、白いローブを纏った霧島レイが立っていた。彼女は微笑みながら、こう言った。
「あなたの使命は、もう終わったのよ。次の転生でまた会いましょう」
目が覚めた翔太は、布団の中で静かに息を吐いた。寒さが骨に染みていた。手足の感覚は鈍く、体は重かった。
彼は、スマホを胸に抱えたまま、目を閉じた。
誰にも看取られず、誰にも惜しまれず、誰にも気づかれないまま、彼の人生は静かに終わっていった。
波動では、借金も孤独も、消えなかった。




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